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05/06/2016

旧奥州街道Walkingその2 氏家~鍋掛

正月以降、忙しくてウォーキングに全く行けなかった。体重もリバウンドで過去最高レベルに達してしまった。4月に入り、一段落したので、週末に実家に行く都合があったことに合わせて、奥州街道を先に進めることとした。
この日のコースは、宿場としては、氏家(19宿目)をスタートして、喜連川(きつれがわ)、佐久山、大田原、鍋掛(23宿目)までの4宿分である。ただし、鍋掛については、バスの路線の関係で、宿場の中心部の1kmほど手前の鍋掛十字路で今回は打ち止めとなった。
今回は、関東平野の末端部から那須野ヶ原の台地部を横断して、県北の山地から流れてくる河川を幾つも越えていくルートになる。主な地点の標高は、始点の氏家(153m)、喜連川(約180m)、佐久山(約180m)、大田原(208m)、鍋掛(約240m)であり、全体としてゆるやかな登り基調である。氏家~喜連川~佐久山~大田原にかけては、途中でゆるやかな丘陵や河川の段丘を通過していくため、少しアップダウンがある。
当日は朝少し出遅れて、朝一番の新幹線に間に合わず、予定よりも40分ほど遅れて、JR氏家駅を7:56出発。
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駅前の道路を300mほど歩いて、旧奥州街道のT字路に出て、左折。
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さらに200mほど先の上町交差点(前回はここまで歩いた)を右折。この交差点を少し直進したところに、氏家の蔵元のせんきん(仙禽)がある。
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右折してすぐの付近の旧奥州街道。
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1kmちょっと歩いて、国道293号線が合流。
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ここから2.5kmほど国道293号線を歩いて行く。さくら市は氏家町とこれから歩いて行く喜連川町が10年ほど前に合併してできた市であるが、私には全然なじんでいない地名である。
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喜連川への街道は、丘陵を直線的に越えていくが、国道293号線は右に迂回していく。その分岐手前にあった明治時代の水準点。
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右が国道293号線、左が旧道。
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切通し状の登り坂(標高差としては30m程度)。
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坂を登り切ったところにある旧道の分岐(右が旧道)。
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落ち葉が積もって未舗装のように見えるが、簡易舗装されている。
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坂を下ったところから集落が続く。ゆるい下り坂。
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荒川(那珂川の支流)の土手の桜並木。
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喜連川城址を整備したお丸山公園の展望塔(まだ行ったことはない)。
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荒川を渡る連城橋。
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喜連川宿を9:30に通過。
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枡形の名残。
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宿場の北端で内川を渡る手前で、旧街道はクランク状に曲がる。
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内川(荒川の支流)の橋。
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内川を渡ると、丘陵をゆるやかに登っていく。右側が旧道の名残。
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丘陵を乗り越して、江川(荒川の支流)の低地を横断。
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丘陵の裾を進んでいく。
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途中で大田原市に入る。
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小さな丘陵を2つ越えると、佐久山宿に下っていく(中央の道が旧道)。
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静かな佐久山宿を11:32に通過。宿の中心部に公衆トイレがあって助かった。この宿には、島崎酒造(銘柄は友白髪)があったが、現在は休止してしまっている。この銘柄は、名前が特徴的だったので、少年時代に見知っていたが、もう飲めなくて残念である。
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喜連川方面を振り返って撮影。
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佐久山宿から段丘を少し下って、箒川の河岸に出ていく(写真の右側へ下っていく)。
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箒川(那珂川の支流)の流れと岩井橋。
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箒川を渡ると、緩い勾配で起伏のない那須野ヶ原の台地を北に歩いて行く。
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しばらく歩いて国道461号線の交差点を右折し、大田原の市街地に入る。国道400号線との交差点には金燈籠と石標がある。
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旧道は金燈籠から150mほどで左折。
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さらに100mほどでクランク状に右折(写真の右の道を手前方向に歩いてきて、茶色の建物の角を右折する)。ここの岡繁という老舗の食堂で昼食(12:58~13:38)。オムビーフ(オムライスの上にビーフシチューがかかったもの)とビール大瓶で昼食。
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かなりひなびた旧街道。
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クランク状の曲がり。
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国道461号線に合流する手前の旧道。奥の丘陵には龍頭公園がある。
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龍頭公園と大田原城址を連絡する跨道橋。
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蛇尾橋で蛇尾川(箒川の支流)を渡る。もっと上流部では伏流しているが、このあたりでは伏流していない。
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蛇尾川を渡ると、工業団地を抜けていく。市野沢で相の川を横断。
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だんだんひなびた田舎道となり、那須塩原市(旧黒磯市)に入る。
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鍋掛十字路の手前の低い丘陵を越える位置に、鍋掛一里塚がある(階段の上)。道路工事により現在の位置に移設されたとのこと。
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一里塚の奥にある鍋掛神社。
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低い丘陵を下っていくとコンビニのある鍋掛十字路に出て、この日の行程は終了。時間は15:48なので、あと1時間ちょっとは歩けるのだが、この先、芦野宿までバスがなく、最終バスとの関係で、少し中途半端ではあるが、ここで終了とした。どちらにせよ、ここからあと1日で、白河までは行くことができる。バスは17:24までないので、コンビニ前のベンチでビールを飲みながら休憩していると、街道ウォーカーのおじさんがやってきて少し話をする(神奈川から朝4時に出て、私と同じく氏家から歩いたとのこと)。そこに地元のおじさんも入ってきて、バスの時間まで、その地元のおじさんと話をする。この方は、鍋掛から白河までは歩いたことがあるそうだが、それよりも驚いたのは、四国八十八ヶ所めぐりを通しで歩いたことがあるそうだ。私もいつか歩いてみたいなと思っている。
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JR黒磯駅へ向かうバスは、最初から最後まで乗客は私一人であった。ショッピングモールや市役所を遠回りしていくため、倍くらい時間がかかって、黒磯駅に17:53着。大田原市には6軒の蔵元があり、その内3つはまだ飲んだことがないので、近くの酒屋に行ってみたのだが、品揃えが少なく、飲んだことがある天鷹(現在は大田原市であるが、東側の旧湯津上村の蔵元)の300mlの生を買って、宇都宮の実家へ戻るJR東北本線の中で飲んだ。
この日は気持ちよい天気で、快適に歩けたが、花粉がひどく、歩いている間、涙がずっと止まらなかった。
(2016/4/9(土))

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