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10/13/2015

旧奥州街道Walkingその1 宇都宮~氏家

小山~宇都宮間を歩いた続きは、日光方面(宇都宮~日光(鉢石宿)間はちょうど1日行程である)ではなく、奥州街道を先に進めることとした。やはり、日光街道は日光東照宮を最後のゴール地点としたいためである。
この日のコースは宿場としては、宇都宮(17宿目)から氏家(19宿目)までの2宿分で、半日の行程である。なぜ、ここで切ったかというと、まだ、腰の調子が本調子でないことと、氏家から先の奥州街道はJR線からはずれており、バスか車を利用する必要があるという制約があるためである。基本的には平地ルートであるが、白澤宿と鬼怒川の前後で台地の上り下りが若干ある。始点の宇都宮の標高は112m、終点の氏家の標高は153mと全体としては非常にゆるい登りになっている。
小山から歩いてきた続きで、旧日光街道(清住町通り)との伝馬町追分から大通り(国道119号線)を東へ進む(15:38)。大通りは東京街道とのT字路で国道119号線ではなくなるが、バイパスができるまでは国道4号線であった。
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細い釜川を渡った先で大通りを右折する。釜川は、20年ちょっと前に河川改修されて、きれいになった(2層構造で、上層にきれいな水を流している)。
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突き当りのアーケード街(オリオン通り)で左折し、アーケードの中を200mほど進む。
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二荒山(ふたあらさん)神社からの馬場(バンバ)通りを横断する。写真正面が二荒山神社。
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モダンな感じの日野町通りを歩いていく。この通りは、ここ20年ほどで再開発され、屋台横丁とかができて、にぎやかになったところである。それ以前は、オリオン通り、馬場通りに比べてさびれていた。
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日野町通りの末端でクランク型に曲がり、一番町の通りに入る。江戸時代は商店が並んでいたようだが、空襲で焼けてしまった後は、静かな街並となって、今は、病院が幾つもできている。
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上河原通りとの交差点を左折し、大通りを横断する。
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上河原通りを100mほど進んだ清厳寺通りとの交差点で、ひとまずこの日は終了(16:02~10)。
(2015/9/21(月・祝))
翌日、清厳寺通りとの交差点を8:10に出発。
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今年9/10の大雨で、橋桁近くまで水位が上がったという田川(鬼怒川の支流)を渡る。
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田川を渡って、宇都宮駅北口の交差点には、旧篠原家住宅(重要文化財)がある(写真中央奥の家屋)。
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旧篠原家住宅のある交差点を左折し、白沢街道を北東方向に進む。
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今泉のY字路で右に折れる旧国道4号線(写真右の道)と分かれ、直進する。東北新幹線の高架をくぐり、私の母校である陽北中学校の東側を通過する。
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岩曽(いわぞ)町には白沢街道の杉並木が少し残っている。堀切の付近は、以前は細い曲がり道だったような記憶があるが、今はまっすぐに拡幅されている。この辺りは私の子供の頃と比べて、驚くほど開発されてしまった
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下川俣交差点で宇都宮環状線(国道119号線のバイパス)の下をくぐる(9:00)。
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海道町の集落付近には杉並木が残っている。
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海道町は、河内町との合併以前は宇都宮市の北東側のはずれだった。左に高崎製紙日光工場(現在は、王子マテリアの傘下)の施設が見えてくる。以前は台地上にそびえる煙突が特徴的だったが、今は改修されているのと、周辺に住宅がかなりできてきて、景色が変わってしまった。
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稚ヶ坂で台地との標高差10mほどを登ると、高崎製紙工場の正門横を通る。
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旧河内町役場の横を通過。
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白澤宿(18宿目)へは台地から鬼怒川沿いの低地へと下っていく(薬研坂)。現在の地名としては、白沢である。
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薬研坂の下り道から宇都宮方面を振り返って。
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白澤宿のT字路に9:58到着。奥州街道は左折する。
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T字路の横の案内版には、白沢宿のガイドマップがおいてあった。静かで昔の面影がよく残っている。背後の台地から湧水があるのか、豊富な用水が流れている。
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旧街道はクランク状に右折するが、その曲がり角に、何度も飲んだことがある澤姫(井上清吉商店)の蔵元があった。
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白沢郵便局の横から白澤宿方面を振り返る。
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北西方面を望むと、手前にもっこりとした羽黒山(標高458m。小学校の遠足で行く山)、その右奥に塩原の山々(高原山(標高1795m)など)がみえる。
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まだ増水している西鬼怒川を渡る。この川は、上流部で鬼怒川本流から分水し、発電、農業用水に用いられる水路である。
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西鬼怒川の橋から東側に延びる旧奥州街道。
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鬼怒川の堤防脇からみた発電用ソーラーパネル。常総市の被災現場では、越水の原因になったかどうかで話題になったが、ここは完全に堤防の内側に設置されている。
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鬼怒川の右岸堤防上を2kmほど北に歩いていく。この辺の鬼怒川は高水敷が非常に広く、右岸側は林になっている。
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堤防の天端道路から県道に出て左折し、阿久津大橋を渡る。写真は左岸側(氏家側)からみた阿久津大橋であるが、歩道がない橋で非常に不快。東詰を10:38通過。
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つい10日ほど前に氾濫した鬼怒川の流れ(氾濫したのは、ずっと下流の茨城県常総市)。
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阿久津大橋を渡って、旧国道4号線のT字路を左折し、北上する。途中から鬼怒川の段丘上に上がっていくため、だらだらと上っていく。勝山城跡の公園で右折するのだが、注意散漫のため、500mほど県道を直進してしまい、引き返す(約10分ロス)。
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勝山城跡から右折する旧奥州街道。周辺の開発で拡幅されており、旧道らしくない。
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旧街道は、鄙びた道となって国道4号線とJR東北本線の踏切を渡る。
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やがて、県道のT字路を左折し、国道293号線を横断し、氏家宿(19宿目)に入っていく。
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JR氏家駅への入り口を通り過ぎ、150mほど歩くと、上町の交差点に11:42到着。旧奥州街道は次の喜連川(きつれがわ)宿方面へ右折する。この日はここで終了とし、JR氏家駅に向かった。
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JR線を乗り継いで、15時には帰宅。なお、当初予定では、大宮で途中下車して、中山道のバリエーション・ルートである氷川神社へ寄り道してから帰ろうとしたのだが、現在のJRの大都市近郊区間のルールでは、途中下車ができないと大宮の駅員にいわれて、あえなく断念した。
この日も昨日と同じような天気で、まだ日差しがじりじりと暑かった。
(2015/9/22(火・祝))

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